シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

ゆっくり急ごう

仕事を休業して2週目――さまざまなことが一ぺんに起こり、ある種のショック状態だった1週目とは違い、気分は上向き傾向。おそらく、病の原因となった1つ目の災難(パワハラ環境)から離脱したことが、心身の状態に大きく影響しているのだろう。

といってもまだ、自分の身に起こったことを整理して考えたり、次の一手について冷静な判断ができる状態ではないため、とにかく今まで信頼し長く交流を重ねてきた人たちの指示・助言にしたがおうと、玄関先においてあった古い物入れを処分し、春にJKになる(予定の)テラスが鞄をしょったまま出入りできるスペースを確保したり、窓際の家具を移動して片面使用だった窓を両面どちらも開けられるようにすると、とたんに部屋に光があふれ、気分もさらに上昇⤴……

つづいて、ベランダの花を植え替えようとすこし遠くのホームセンターへ徒歩で出立。可憐な花々をながめ、その中から予算にあったものを購入し、さらに気分をよくした帰り道、思わぬダウンにみまわれた。正午を回ってしまい、おなかがすいてきたので地元では名の知れたチェーンのパン店に入り、コロッケパンと紙パック入りのコーヒー牛乳をピックアップ。店内に飲食スぺースがあったため、「こちらで食べます」とレジのお姉さんに告げたところ、

「すみませんが、こちら(紙パック飲料)は店内飲食対象外商品となります」

とのこと。「なぜですか?」とたずねると、うしろから視線を送っている先輩格の女性をチラッとふりかえり、「%&#@……」としどろもどろ。「……じゃ、外で食べるから持ち帰りで結構です」というと、こんどはコロッケパンを指し、「……あ、こちらは店内でお召し上がりいただけます」という。「飲み物がないと食べられないから持ち帰りで結構です」とこたえると、不思議な生物でも見るような目で送り出された。

このとき、店内にパンを購入する客はいても、飲食スペースはまったく利用されていなかった。おそらく、紙パック飲料の3倍の値段のする店内用の飲み物を注文させることが目的と思われるが、これでは林立するコンビニエンスストアには対抗できない。それに、どんなに凝ったラテアートやトッピングをのせてもらったとしても、さゆりは紙パック入りのコーヒー牛乳が飲みたいのだ。

きわめて日本的な、不可思議なルールに首を振りつつも、「これはきっと、幸福な昼食をとるために、さらに適した場所へ誘われるための伏線にちがいない」と最大限ポジティブに解釈し、足どり軽く店を後にする。

駅前の交差点をふだんあまり通らない側へ渡ると、川に行きあたった。川沿いにさらにすすむと、まるで夢のなかに登場するような小高い丘があらわれ、その頂上付近の公園に、冬にしては暖かな陽射しがふりそそぐ木製のベンチを発見――(ここだ!)と心の中で快哉をさけび、スキップして近づく。葉の落ちたはだかの木々に囲まれた暖かい陽だまりで幸福な昼食をゆったりととり、やわらかな陽射しのなかで、〈あおいくま〉と化したK氏から手渡されたエッセイを開く……

青い付箋がつけられていた箇所の1つに、〈「気球の旅」のススメ〉という項があった。あらかじめ時刻を調べ、綿密に予定を立てたうえで列車や飛行機を乗り継いできた人が、ふと「何のために急いでいるのだろう」とたちどまる場面が人生には訪れる。そのとき、思いきって「気球」に乗り換えて、風の吹くまま進んでみるのはいかが、と著者はとりわけ、〈妻・母・子・社会人としての自分……〉と何役もこなしながら現代を生きる女性たちに提案している。曰く、

〈鉄道の旅のようにレールがあって次の停車駅があって終点があって、と思うから苦しくなるのではないでしょうか。気球に乗っていると思えば、風が吹いて、ちょっと進路が変わることもある。こっちに風が吹けば、じゃ無理にあっちに行かないで、こっちの景色を楽しんでもいいかもしれない、なんて思えて気持ちが楽になるのではないでしょうか……〉

この項をあらためて読み返したとき、脳裏に浮かんだのは、米国生活で時おり耳にした "Festina Lente" というラテン語 (「ゆっくり急げ」。英語では "Make Haste Slowly")である。手元のスマートフォンであらためてその意味を調べてみると、ウィキペディアに下記のような記述があった。

〈「求める結果に早くたどりつくには、ゆっくり進んだほうがよい」、また逆に「歩みが遅すぎると求める結果が得られない」を同時に意味するとされる〉

そのときひらめいたのは、〈歩みが「速すぎる」と求める結果が得られない〉もまた真なりでは――という考えだった。すると突然、目のまえのむきだしの地面に在る枯れ木と枯れ葉の「あるがまま」の姿が、まるで一期一会のアート作品のように心に迫ってきて圧倒された。……

それが、さゆりが「気球に乗り換えて自分再発見の旅に出ること」「ゆっくり急ぐこと」を心に誓った瞬間だった。

 

 

あなたらしく生きる

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