シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

世紀の花

年に一度、遠方から「詣」のようにやってくる友がいる。6月に海外から――そして7月に現れるのは大阪の友である。

(さて、今年はどこへ案内しよう…)

上京の知らせを受けとった日から、あれこれと案内場所を思案する。もちろん、主要目的はたがいの近況報告およびエール交換なのだが、回が重なるにつれ、それらを引き立てる風光明媚な場所や食事といった演出が整えばなおよしという心境になった。

もてなす相手の嗜好やその年の生活状況から、こちらの気力体力財政事情までをも加味し、「人生のほんのつかのまの〈限られた時間〉をどのように彩るか」を真剣に思案する。本を開くすきまもないほど押しこめられた満員電車に揺られる間や、慣れた道を歩いているときなど、日常生活の合間あいまにイメージをふくらませる――

果てに、大阪の友人H氏にさゆりが提案した2019年の選択肢は、

① 30年に1度しか咲かない花見ツアー

② お台場グルメ&最先端市場ウォッチング

③ 巨大な作品群に身体ごと没入する光の美術館体験

の3肢だった。もちろん、当初から本命は①――さすれば、さすがは長年の友。メールを送るとほどなく「①で」とみじかい返信がかえってきた。

「では、7月〇日〇時にGINZA SIXで」――前回別れた地点付近を起点とするのがさゆりの好みである。1年前、その付近の珈琲店を出たところでかたい握手を交わした。まるで長い航海にでも出るかのように、憂いをふくんだ目で帽子に手をかけた友の姿が銀座の辻にあった。

その1年後――小雨そぼふる銀座の軒下に、商業スペースの開店を待つアジア系観光客らにまじって立ち尽くしていると、ほどなく粋なハンティング帽をかぶったH氏が目が覚めるほど鮮やかな赤いポロシャツ姿で現れた。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「さゆりさん」といったきり、左右を指さし、すぐに歩き出すH氏のクセ……昔から変わらぬスタイルを懐かしく思いながら歩調を合わせ、矢継ぎ早に近況を尋ねながら駅へと誘導する……

目的地までのバスが出ているという駅で電車を降りると、想像より大きなバスターミナルがモノレールの高架下に現れた。大きな口をあけてバスが停車している停留所の案内板で行先を確認していると、「プシュー」っとクジラが潮を吹くような音を立てて扉が閉まり、バスは発車してしまった。

「……あのバスやったな」

案内板から目をそらし、悔しそうにつぶやく〈待てない大阪人〉のH氏。「これも神さまの仕業ですよ」と明るく受け流す〈ノーテンキな東京人〉さゆりに促され、目のまえのベンチに腰かけて話のつづきに熱中する……

なぜだかH氏はそのとき、幼少期の話を始めた。「へえーそのお話、初めて聞いた」とさゆり。学生の頃、2人だけで行ったレストランで母が楽しそうに銀座での新入社員時代の話を始めたとき、「十何年も一緒にいて、まだ『初めて聞く話』があるんだ~」と、話の中身よりその事実に感銘を受けたことが頭をよぎるが、友人づきあいが長くなってきたH氏にもそのような一面を見せられ、クジラバスを静かに発信させてその話を引き出す環境をととのえてくれた「神の仕業」にひそかに手を合わせる……

山に向かってうねっていく道のふもとのコンビニエンスストア前でバスを降りると、通りの向こうに目的地であろう寺の門がしっとりと佇んでいた。そこにさゆりたちを待ちかねる女性が2名……遠くからすでに意図を察していたさゆりは、すぐさま手を伸ばして一方の人からiPhoneをうけとり、門の前でポーズをとる2人に向かいシャッターを切る。つづいて中へと足を踏み入れ、しばらく境内を徘徊してようやく、すぐ目のまえにそびえ立つ、まるで樹木のような植物が目的の「花」だと認識できた。

わずか2,3か月前には下のもさっとした葉の部分しかなかったのが、春頃からにわかに茎らしきものが伸び、ついにはとなりのお堂の高さを抜いて黄色い花をつけたという。Century Plant=世紀の花――それを間近で見て感じたのは、圧倒的な生のエネルギーと、その植物の強い意志だった。

朝花開き、夕方には散っていく花、4日間だけの命を燃焼させる花、桜のように1週間ほど愛でられ落ちてゆく花……花の種類は数々あれど、このたくましい植物は、半世紀の間養分を蓄えつづけ、天に(=神に)もっとも近いところで花をつける道を自ら選んだのだ……

(……30年~50年…!)

不意に、目の前の神秘の花が自分とシンクロする。体力気力の盛りを過ぎ、枯れて行く一方だとうちひしがれている場合ではない、じつは天高く茎を伸ばし、〈本来咲かすべき花〉を咲かせる時期かも……と。

花の盛りをわずかに過ぎていたことや、梅雨時で天候がどんよりしていたこともあり、「最盛期の香しい花」という感じではなかったことが、さらに現在の自分とのシンクロを加速させたのかもしれない。ともかくその瞬間、さゆりはその植物に、植物はさゆりに、完全に同化していた。……

全体像を見渡せるようすこし離れて立つと、H氏も、H氏なりの人生への思いを投影させながら、その恐竜のような巨大な花と静かに相対していた。その姿はさながら、そぼふる雨の中を1人でゴルフバッグを背負ってラウンドする、孤高のゴルファーのようだった。