シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

難を転じる

さて、難題の1つ、家族への告知である。

さしずめ知らせることを検討しなければならなかったのは、娘テラス、父、妹……このうち父と妹には検査を受けた段階でそれとなく「前振り」をしておき、高齢だが現役医療者の父には、診断結果が出た時点でショートメールで伝えておいた。

その上で、週末、父の好物であるパン店のハンバーガーやカレーパンを買って実家を訪れ、ランチをともにしながら一連の流れを説明。すると父の方から「テラスには話したのか?」と尋ねられたので、「う~ん……迷ったんだけれど、さすがに15歳でしょう……。とりあえず、受験まであとわずかだから、それまで待ちたいと思ってる」と答えた。

「これは僕の意見だが……」と、めずらしく英語構文のような前置きをおいて、父がつづけた。「まだ15歳……されど15歳だ。傍目から見るより独自の世界も持ち合わせている。とくにあの子は勘の鋭い子供だから、最初からきちんと話して、仲間に引き入れておいたほうがいい。人間の妄想ほど恐ろしいものはないし、あとで他から耳に入ったら『なんで話してくれなかったんだ』ってことになりかねないから」

そのときまで、「受験前に話す」という選択肢が全くなかったさゆり……動揺しながら食べかけの玉子サンドの端をつまんでいると、そこへ「ただいまー」と、「ランチ買っておくからじーじ宅へ寄って」と伝えていた塾帰りのテラスが予定より早く登場してしまった。

「勉強は順調か?」「うん、まあまあ」「行きたい学校は決まったのか?」「うん、だいたい」――そんな祖父・孫間の会話の後、ふだん点いているテレビも消されたままのリビングルームはシーンと静まり返り……自分の心臓の鼓動だけが大きくなる中、左隣りの父からは(今だ、話してしまえ)とのテレパシー音が聞こえ、右隣りの娘からは(何、なんなの、この沈黙……)といった心の声が響く……

「……じゃ、家で勉強するから」無言のままランチを食べ終えたテラスは、そう言って席を立つと、とめる間もなく玄関を出ていってしまった。あとには無言の父娘だけが残され……しかたなく、冷めたコーヒーを啜っていると、「僕は昼寝する」といい残し、父も寝室へ行ってしまった。

(やっぱり、話した方がよいか……)そう考えながら、テラスのあとを追って家路につく。見上げると、秋の空に南天の実が揺れていた。「ナンテンは昔から〈難転〉といって、難を転じて福となす、幸運を呼びこむ実といわれているのよ」――母はそういって、よくこの時期に南天を実家の玄関に飾っていた。それを思い出し、背中を押された思いで家へ急ぐ――

ところが……家へたどりつき、テラスの前で口をひらいたものの、なぜかニヤニヤしてしまい「あのね……あまりびっくりさせちゃいけないと思ってじーじと話していたんだけど……ま、そんなに大したことじゃないんだけどね……」と話も要領を得ない。相手は下を向いたまま勉強中――

「テレビドラマだったらこんな時『大切な話があるの。ここへすわって』なんていう場面になると思うんだけど、現実はどうもドラマのようにはいかないね~」とさゆりのまわり道話はつづく――「私も以前、母に『あと……6カ月なんですって』って出勤前にとつぜん言われて……受けとめきれなくて、肩を抱いてオイオイ泣いてしまったけど、私はあのとき30歳を過ぎてて、テラスはその半分でしょう?…」そのとき、相手がパッと顔をあげ、早口で尋ねた。「あと、6カ月なの?」

「あ……そこまでじゃないんだけどね……でも、治療が必要だって」「あーびっくりした。じゃ、とにかく治療がんばるしかないじゃない」「うん、そうだね」「あとは?」そう訊かれて、つい失職したことまで話してしまう。「ふうん、じゃ、そっちもがんばるしかないじゃない」「そうだね……でも、心配しないで。1つずつなんとかするから」「うん、よろしく」「私も努力するから、テラスも一番行きたい所へ入れるようがんばって」「オウ」

話してしまうとすこしラクになり、あらためてカメラを手に南天詣へ。南天花言葉の1つは「良き家族」――何をもって「良し」とするかは考え方しだいだが、「何でも話せる」ということがやはり大切だと、「愛情が熟する過程の象徴」といわれるその実に願いを託す、誕生日のさゆりだった。

 

 

 

南天(ナンテン)苗木 10号鉢植え

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美しい花言葉・花図鑑‐彩りと物語を楽しむ‐

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