シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

ポッシブルなミッション

朝、「行ってきまーす」と大荷物をしょって出ていったテラスが数分後にもどってくるなり、「たいへん、体育着がない」という。「えーどこだろう。干した記憶がないから、今まわしている洗濯機の中かな」とこたえると、「そんな~。じゃ、あとで学校のくつ箱に届けて」とかるく提案された。

小中学生の母親歴も9年目となるが、ずっとフルタイムで働いてきたため、いまだかつて学校へ物を届けたためしがない。(手順ガワカラナイ、面倒クサイ、恥ズカシイ……)などと頭のなかで言い訳をならべながら立ちつくしていると、「いいじゃない。どうせ暇なんだから」というキツ~い一言がとんできた。

「ひ、暇じゃないし。病院へ行ったり、銀行へ行ったり、片づけしたり、買い物したり……家にいるときだって体やすめて……そう、何もしていないようにみえても『治療』しているんだから!」

と、朝から頭をフル回転させうったえてみたが、15歳のJCクン「はいはい、わかったわかった」とこちらの頭を一瞬なでるような仕草をみせるやいなや、「じゃ、体育は3時間目だから。たのんだ」といいのこし〈くノ一〉のごとく消えてしまった。……

しかたなく、洗濯機の回転音をバックミュージックに家事をこなし、洗濯完了を告げる電子音がせまい家内にとどろきわたると同時に、ドラム内でヘビのようにからまり合うかたまりの中から体育着上下をひきはがし、ドライヤーで乾かしにかかる。

だが、思春期の子女に配慮して白地を透けさせないようにするためか、向かう敵はやたらと生地が厚く、対するこちらは竹槍同然の1080円くるくるドライヤー。甲高い音は響けどいっこうに「乾く」という結果に近づかない。ふと見上げると、壁にかけてあったサンフランシスコの絵葉書が目にとまり、頭に電気を灯したさゆり――身軽なスパッツにはき替え、乾かしかけの体育着をビニール袋に入れると、紫外線よけのうすい色のグラスをつけ、テラスの自転車にとび乗り出発した。

さゆりが暮らしていた当時、サンフランシスコのアパートメントにはほとんど洗濯機が備えつけられていなかった。そこで、1~2週間に1度、たまった汚れ物を大人1人優に入ってしまいそうな巨大なプラスティック・ケースに入れ、それを何個も積み上げた台車を押して街のいたる所にあるコインランドリーへ洗濯に行ったものだ。――絵葉書を見て、通学路をすこし外れた所に最新のコインランドリーができたことを思い出したのである。

この作戦は功を奏し、たちまち乾いてしまった体育着を必要以上に丁寧に折りたたみ、懐かしの母校をめざす。……といっても、われわれの時代には大荒れだった学校で、その印象をぬぐいきれなかったため、この地でJCになるのならテラスは越境させようと思っていた。ところが、小学校で仲のよい子らができてみると、離れたくないと本人から通告され……現在の様子を調べ、こちらが折れるという経緯があった。

三者面談等で出向くのはいつも日暮れ後だったため、なじみのない場所であればかなりとまどうシーンだが、そこは勝手知ったる母校――テラスが使用しているはずの「西の昇降口」は正門を入っていちばん奥にあるため、授業中であろう生徒の目にふれぬようにと外をまわり「西門」からの突入を試みたが、かつては開けっ放しだった門はかたく閉ざされ、制服をきたガードマンらしき人まで侍っている。しかたなく、通行人のフリをして素通りし、ふたたび正門へ。

門のまえに自転車をとめたとき、(もうこうなったら堂々と入るしかない)……と覚悟をきめ、それでもできるだけ窓辺の生徒の目につかぬよう、校舎と校庭の間ギリギリを全速力でかけぬける。――たどりついた〈くつ箱〉(われわれの時代には、何の疑念もなく〈下駄箱〉と呼んでいたが……)でテラスの朱色のスニーカーを探し出し、そこに体育着袋を押しこめ、また正門までひた走ること十数秒……

何かを盗ってきたのではなく、こちらの所有物を置きに行っただけなのに、なんでこんなにドキドキするのかと訝しがりながら、 ”Mission Completed” と声に出してつぶやく。そしてテラスのおさがりの赤い手袋を、両手の指をピンとそろえて真上に外し、映画スターさながら首を横に傾けながら恰好よく色のうすいグラスを取り外すと、ハードボイルドな世界に別れを告げる……

緊張感から解放された後はすこし探検したい気分となり、自転車を押して家とは反対の方角へ。平日の東京の住宅街は、おどろくほど年齢層が高い。若い夫婦は共働きが増え、子供たちは保育園に集められているから、街はシニア天国。なかにはかつての精肉店や文房具店の「おじさん」もいて、「たちまちたろうはおじいさん~」というあの歌は現実をうたったものだったのかと、時の過ぎゆく速さをしみじみと思いやる。……

途中、のどが渇いて立ち寄ったマクドナルドでは、いくつものお年寄りのグループが男女で楽しそうに店を占拠しているのに目をみはったが、「いらっしゃいませ」と笑顔で近づいてきた制服のお姉さんまでさゆりよりはるかに「お姉さん」で、なんだかまた別の映画の世界へまぎれこんでしまったような、これまたワンダーなホームタウン探検だった。

(*写真は、探検ツアー中に見とれた花壇のパンジー。なぜか1人だけ、陽に背を向ける花の心持ちが気になった。黄色いパンジー花言葉の一つは「つつましい幸せ」)

 

 

 

 

 

日立 全自動洗濯機 7kg ピュアホワイト NW-70B W

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