シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

あおいくま〈New Version〉

長らく「お会いしたいですね」とたがいに綴り合っていた人が、東京近郊の地で開かれる研修会の帰りにかけつけてくれることになった。――以前、広報を担当していた医療機関で直属の上司だったK氏である。

ふだんなかなか会う機会がなくても、心が弱ってくると無償に恋しくなる、陽だまりのような人がいる。まさにK氏はその1人。ころ合いよく研修会の話が出たため、さゆりの窮状をミニマムに簡略化して告げると、「さゆりさんの暮らす町へは研修会開催地からバスで1本で行けるから、とにかく駆けつけましょう」との返事がかえってきた。

ちょうど学校から帰宅して勉強を開始したテラスに行先を告げ、地元では人気のあるR珈琲館で落ち着いた席を確保し、本をひらいて待つこと10分。ほぼ時間通りに店にあらわれたK氏は、さゆりを見て、陽だまりのイメージにぴったりのやわらかな表情で微笑んだ。

「……で、これなんですけれどもね」と、向かいの席につくやいなや、メニューをひらく間もなく、K氏は語りはじめた。「さゆりさんが窮地だと聞いて、やはりこの本に起死回生のヒントがあるように感じて……今朝あわてて鞄に入れてもってきたんです。今、バスの中で読み返しながら来たんですが……

かつてランニングシューズをはいて大地を力強く蹴り上げるアスリートだったK氏の大きな手でとりだされたのは、おなじ職場にいたころ、苦境にたち向かうK氏になにかヒントがあればとさゆりが紹介した1冊のエッセイだった。

「よい本だったので、けっこう持ち歩いて、1度は水につけてしまって、こんな風になってしまったんですが……とりあえず、ざっと目を通して、今のさゆりさんに必要だとひらめいた頁に印をつけておきました」――かなり読みこまれた風の体裁の本に、青い付箋が5枚貼られている。その中の1つが〈あおいくま〉の頁だった。

〈あおいくま〉――それは、上記エッセイに出てくる、やはりシングルマザーであったものまねタレント、コロッケのお母さんが、〈あせるな・おこるな・いばるな・くさるな・まけるな〉の頭文字をとった「あおいくま」という言葉を子育て中いつも部屋に貼っていた、というエピソードにちなんで書かれた項である。

「それでね、バスの中でさゆりさんのことを一心に祈っていたら、ふっと降りてきたんですよ~New ヴァージョンの〈あおいくま〉が――。頭から消えてしまう前にあわてて名刺の裏に書きとめたんですが、バスを降りるときにどこかにしまいこんじゃったみたいで……あとで渡しますね」

そこまできてようやくメニューをひらき、ケーキセットを2つ注文後、さゆりの騒動記やK氏の近況について語り合う。時間はあっという間に過ぎ……帰りのバスの時刻がせまると、K氏はスーツや鞄のポケットや手帳の間をまさぐり、ようやく「ああ、よかった。なくなっていなくて」といって、1枚のカードをまるで天からの使いのように、うやうやしくさゆりにさし出した。表にK氏の名前が印刷されているカードをめくると、

〈あ ありがとう

 お おかげさま

 い いつも

 く くじけず

 ま まえむいて〉

と、裏面に美しいブルーインクの文字で走り書きされていた。

ここちよい興奮のなか、家へ帰りつくなり、出てきたときとおなじ姿勢で勉強中のテラスに〈天からのメッセージ〉を伝え、名刺を見せる。それをいったん手にとったものの、「ふうん。よかったね」といういつもの(低めの)リアクション。なんとか注意をひきたくて、「一瞬、Kさん自身が天のお使いの〈あおいくま〉に見えたんだよね~」との感想もつけくわえてみたが、それには「フフフ」と笑みをこぼしたものの、すぐに読みかけの英語長文読解の世界へひきもどってしまった。

ところが――その翌々日、外出先からもどると、「すこし遅れたけど、お誕生日おめでとう」とテラスの字で書かれたカードとともに、ちいさな袋が居間のテーブル上に――。中から出てきたのは、熱いハートを胸に宿した〈あおいくま〉のキーホルダーだった。

 

 

あなたらしく生きる

あなたらしく生きる

 

 

母さんの「あおいくま」

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