シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

病気の国籍

帰国以来、半年に1度の割合で定期検診のため「参拝」している乳腺外科医のP医師は「一見のらりくらりとした切れ者」(まさに名優、緒形拳演じる大石内蔵助!)といった感じの人物だが、瞳の奥にともる光がほんとうにやさしくて、診察室にとびこんだだけで胸の奥がじんわりと熱くなってしまう。

何もないときであれば、変わらぬ笑顔に迎えられた瞬間、「もう半年経ったんだ~」としみじみ思うところだが、直前に激震が2つも走った今回は、「命からがら、たどり着きました~」とその間合いまで長く感じられ、落ち武者気分で感慨もひとしお……

「なんだか大変だったね。で、S病院から資料とかいただいてきた?」

あらかじめメールで事情を報告し、「その感じだと血液内科へつなぐことになると思うから、そちらの科のA医師宛に紹介状をもらってきてください」と指示を受けていた。S病院で渡された「資料一式」の入った封筒を渡し、診察台にあおむけに横たわっていつも通り胸の触診を受けながら、P医師の気さくなよもやま話に耳を傾ける――

P「こんど出張でアジアの〇〇へ行くんだけど、蝉とか昆虫とか食べさせられそうで怖いなあ」

S「あれ、先生何でも召し上がりそうですけど。でも、小学校の頃なんかもいましたよね、給食で出るクジラの肉とか食べられなくて、ベストの襟の内側にビニール袋つけて、そこへ落としたりする子……」

P「あ、僕もそんなようなことやってたよ。肉が嫌いだったから、食べたフリして引き出しにつめておくものだから、そのうちミイラ化して元は何だかわからないようなものが引き出しの奥から大量に出てきたりして……」

S「やだ~先生。そんな少年だったんですか?」

手早く触診を行いながら、NK細胞が倍増しそうな話題をふりまき、「はい、じゃ、服着ていいですよ」と、いつもの手順で肩をポンポンとたたく。カーテンの内側で身支度をととのえていると、アップテンポなキーボード音を軽快に響かせながら、歌うようにP医師はつづけた。

P「でも今回の病気って、名称(英語名)の響きが可愛らしいから、そんなに怖い病気じゃないんじゃないかな」

S「病気の怖さって、響きで決まるんですか?」

P「だって『名は体を表す』っていうじゃない。……あの響きはイタリア系かな?」

S「病気に何系とかってあるんですか?」

P「ふうん、ま、いずれにしても、ラテン系ならきっと、おおらかで明るい病気だね」

S「病気におおらかとか、明るいとかってあるんですか?!」

とかく沈みがちな古株患者の心をなんとか浮き上がらせようと努めながら、それでもさいごは凛とした表情にもどり、「はい、乳腺は今回も問題なし。じゃ、血液内科の予約、来週入れときましたから。僕の方は半年後……う~ん、でも心配だから、やっぱり今回は3か月後にしておこうかな」としめくくる。そして自身の膝に手をおき、おもむろに立ち上がると、「幸運を祈ります」と手をさしだされ、握手をして送り出された。

帰国以来、かれこれ10年以上の「おつきあい」ではじめての握手……そこに、ふだん以上に明るくふるまっていた主治医の、言葉にあらわれない胸の内が凝縮されているようで、「あの響きはイタリア系かな?」という問いの可笑しみの余韻とともに、じんわりとした切なさののこる定期検診だった。

(*写真は「人種のるつぼ」サンフランシスコの壁の落書き)