シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

第三の条件

血液内科デビューとおなじ週、テラスの中学では受験前さいごの三者面談が行われた。入学当時からの恒例どおり、平日夕方の枠外〈特別枠〉を申請し予約していたため、その時間をめがけて塾からもどったテラスと実家で合流し、濃紺の夕闇にしずむ学校へ。

校舎の2階以上で1つだけ煌々と明かりのともる教室前の椅子にこしかけて待っていると、職員室へもどっていたらしいS教師が「ああ、待たせちゃってすみません」といいながら(といってもまだ約束の時間前なのだが)パタパタと走ってきて教室内に引きいれてくれた。

まず、最終内申を伝えられ、夏以降の授業態度や各種活動についての報告があり、それらをふまえて志望校の最終選定作業にはいる。この点、ほんとうに幸運だったのは、1年次から精力的に活動していた部活動の顧問であるS教師が、3年次の担任だったこと。テラスの希望は「おなじスポーツを続けながら大学進学も視野に入れられる文武両道の学校への進学」であったため、最終結論も迷うことなく、本人と担任教師兼部活動顧問のあうんの呼吸で決まった感があった。

「じゃ、ちょっと先生とお話があるから、先にじーじの家へもどってて」

そういってテラスを先に帰し、穏やかな表情でこちらのサーブを待ち受けるS教師に病のことを告げる――

S「……テラスさんには話したんですか?」

さ「受験まで待とうと思いましたが、父の助言もあり、話しました。淡々と受けとめていたようです」

S「そうですか……まあ、その方がよかったかもしれません。あとで知ると『何で話してくれなかったんだ』っていう疎外感に、子供は苦しんだりしますから」

さ「(うんうんとうなずき)……ただ、その後、塾のあき時間に友達との外出が増えたんです。すこし気になって『ママの体調のことはとりあえずテラスだけで、お友達には話さないでね』って言ってしまったんですね。そしたら表情がすこし暗くなって……家族以外、誰も相談相手がいないと苦しいでしょうから、先生にはお伝えしておこうと思いまして…」

S「わかりました。僕に話したことを本人に伝えてください。僕の方からも、『何かあったら話を聞くから』って声をかけますから」

さ「心強いです。ありがとうございます」

血液内科デビューの日、G病院の患者サポートセンターで手渡された〈だれも分かってくれないー思春期の子どもにとって、親ががんの患者であるということ〉という冊子の中にも、

〈思春期の子どもは友だちと一緒にいることで、家族に関する心配事から気持ちを逸らしやすくなります。大人はがんのことを考えないでいることは非常に難しいでしょうが、子どもはとても健康的な方法として、少なくとも少しの間、気を逸らすという方法を使う能力を持っています〉

〈がんについてだれが把握しているのか、思春期の子どもがだれにだったら気軽に相談できるのかを明確にしてあげてください〉

といった記述があった。1つ目はテラスにも起こったことであり、そうであるならば、2つ目も実践しようと思った翌日が、奇しくもテラスとは文武にわたり信頼関係のあるS教師との面談日だったのである。

米国で過ごした妊娠期に、よく講義を視聴したり本を読んだりしていた神学者 ジョゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)  氏の言葉に、

"When you are on the right path, invisible hands will come to your aid."

"I say, follow your bliss and don’t be afraid, and doors will open where you didn’t know they were going to be."

というものがある。これらを考え合わせると、

「人間が至福を追求すれば→見えざる手が助けてくれる」

ただし、その真理の恩恵を受ける道のりは、

条件①:正しい道にいるかぎり

条件②:感謝をもって喜びに満たされ

条件③:恐れなければ

という条件つきの構造になっているのではないかと、元結婚相手のアンディと新婚時代、夜な夜な語り合ったことがある。その後の人生において壁につきあたるたび思い返したこの原則を、サンフランシスコの霧のような冷気が下からたちのぼってくる母校の階段をそろりそろりと下りながら、頭のなかでなぞってみる――

(もっとも難しいのは、何事につけ、条件③だな……)

そうつぶやきながら、〈下駄箱〉を〈くつ箱〉といいかえても昔と変わらぬ埃っぽい木の匂いのする昇降口から踏み出たとき、漆黒と化した闇にまぎれてざわつく樹々の間から、ボ――っという、サンフランシスコの夜に響いていた汽笛が聞こえたように感じた。

(*写真は夜のフィッシャーマンズ・ワーフ Fisherman's Wharf @サンフランシスコ) 

 

  

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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The Power of Myth

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