シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

黄金の輝き

院内周遊ツアーの水先案内人となったナースとの、血液内科から検査室までの道中の会話は主に、「最終診断を聞きにいく日の同伴者について」だった。A医師に「年末の診察日には、必ず付き添いの方を連れてきてください」といわれていたのである。

「父は高齢ですし、娘はまだ中学生。前回はおなじS病院内でしたので元上司である医師に同席をお願いしたのですが、今回はそういうわけにはいきませんので、1人ではだめでしょうか?」――そう尋ねると、ナースは首を振り、「それでは医師が困ってしまいます。かならず、どなたか連れていらしてください」とのこと。新たなる難題だが、ひとまず棚上げして、目のまえの課題を1つ1つクリアしようと検尿後、採血室へ入る。

テラスは不思議な子供で、幼い頃から今にいたるまで、注射をされるときは泣きもせず、針をさすところをじっと見ているのだが、度胸のないさゆりは「では、ここの血管から採りますね」と採血する場所が決まるやいなやかたく目をとじ、「はい、終了です」といわれるまでじっとしている。

ところがその日は、待てど暮らせど終了の合図が聞かれない。……しびれをきらし、目をとじたまま「まだ、終わりませんか?」と尋ねると、「今、6本目です」との答え。おどろいて「何本採るんですか?」と訊きかえすと、「8本です」といわれ、仰天したそのとき、「……つらいでしょう?  私もつらいんです」と担当のベテランナースがつけ加えたので、うんざりしながらもふき出してしまった。

自分史上最長の血液検査を終えると、廊下で待っていた水先案内人ナースとふたたび合流し、心電図をとってCT検査室へ。

ナ「閉所恐怖症ではありませんか?」

さ「少し、そんな気がします」

ナ「まあ、機械へ入ったり出たりですから大丈夫だとは思うのですが」

さ「(一般健診でうけたことのある胃のバリウム検査を思い浮かべ)ぐるぐる回ったりするんですか?」

ナ「ぐるぐるは回りません(笑)。同じ姿勢で行ったり来たりするだけです」

(もうこうなったら、TDLのアトラクションだと思って楽しむしかない……)と緊張を高めながらも腹をくくって白い台に横たわったとき、ふっと全身の力が緩んだ。――CT検査室の天井に、木漏れ日を浴びてさえずる鳥たちの美しいステンドグラス調の板がはめこまれ、内側から光があたる仕掛けになっていたのである。

「機械から出るたび、天井の絵を見ることができて、ほんとうに癒されました~」

と、さいごに回った〈PET-CT検査の説明〉担当の技師に話すと、「ああ、あれ、きれいですよね~。カメ、いませんでした?」と尋ねる。

さ「カメはいませんでした。木漏れ日あふれる木々と、鳥たちと……」

技「へえ……じゃ、〇番の部屋かな? 4室あるんですよ。皆、モティーフが違ってて、僕はカメのがいちばん好きなんですけど」

さ「へえ~素敵。いつか、カメの部屋にあたりたいですね」

そんな楽しい会話とともに、血液内科専門ナースつきのG病院ラウンドは終了――。

〈病気にならなければ、会えなかった人たちがいる。

 病気にならなければ、見ることのできなかった世界がある。

 病気にならなければ、知ることのできなかった痛みがある。……〉

そんなことをつらつらと考えながら地下鉄に乗り、帰宅すると、めずらしくテラスが「きょう塾なくなった」といって、手持無沙汰な様子をみせたので、すかさず「パンケーキ食べに行く?」と提案すると、「うん」との答え――。

連鎖する検査自体はストレスフルなものだが、要所要所で迎えてくれる人々や、木々や、鳥たちや、カメの話に支えられ……ともかく、きょう1日無事に過ごせたことに感謝! と、さいごはテラスの笑顔のまえで、黄金の輝きに舌鼓を打つ血液内科デビュー日だった。