シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

ディアブロな日々

つらい検査が重なった日は、いつもの3倍以上の時間をかけてゆっくりゆっくり帰宅した。そのとき感動したのは、「やっぱり人間ってすごい!」ということ。あれほどつらい検査をたてつづけにこなしても、その日のうちに1人で長い階段を上り下りし(それがたとえカメの歩みの速度だとしても!)地下鉄に乗り、朝出立した家へ帰還できるのだから――。

印象的だったのは、会計の待ち時間中に話しかけてきたおばあさんの話。いわく、「私は六女でお父さんという人とずいぶん歳がはなれていたけれど、いつも『平らかに』といわれて育ちました。おかげで立腹することが少なく、その甲斐あって90(←とても見えない!)をこえる長寿を授かりました。今の人たちは何かというとすぐ腹を立てるけれど、健康の秘訣はまずもって、この『平らかに』ということだと思います」……

その後、地下鉄の中で(胃の内視鏡検査の際に組織採取をした場合、しばらく「控えた方がよい」といわれたものがたしか3つあったはず…)と思い返す。そのうちの2つははっきり覚えていて、1つは香辛料、2つ目は炭酸飲料だったのだが……3つ目ははて? と出てこない。その答えをのらくら考えながら、ともすればギクッとくだけてしまいそうな左腰に手をあてたまま、検査のあとの何ともいえないだる重さから気をそらす……

はてしなく遠く感じられた家へやっとの思いでたどりつき、書類をとり出して確認すると、3つ目は「アルコール類」だった。さゆりはお酒を嗜まない性分のため、自分にあまり必要ない情報というのはぬけてしまうのだと苦笑い。これが「コーヒー」や「チョコレート」でなくてよかった、と前夜から封印していたコーヒーをゆったりと淹れ、部屋に広がるかぐわしい香りを堪能しながらチョコレートの缶に手をのばす……

その晩はぐっすりと休み、翌日また、いつもの時間の3倍をかけて駅までゆっくりゆっくり歩き、地下鉄に乗って御茶ノ水へ。待っていたのは大学時代の友人男子T氏。学生時代から変わらない、どこか温かみのあるエスプリの効いた発想が好きで、その風に吹かれて満身創痍の心と体を癒そうと、ハードな検査の翌日に病める体を運んできたが、これまたその努力の甲斐ある会談となった。

この日、T氏が連れて行ってくれたのは、古本屋街をすこし入った路地裏の隠れ家的ステーキ・レストラン。そこでなんと、T氏はステーキをご馳走してくれた! 皆さん、「これは、事件です!」厳格に「友人的割り勘」を貫くのが学生時代からの変わらぬT氏スタイルだった。おごられたた記憶はかつてなく、30年来のつきあいで、おそらくはじめてのことではないだろうか……その、口では表されない心配の気持ちがつまったステーキに、ほっこりしんみり舌鼓をうつさゆり……

どちらかというと寡黙なT氏が、この日、病についてコメントしてくれたのは以下の4点だった。

1.娘のテラスに状況をきちんと話したことは、それでよかったと思う。

2.治療の件は、ちゃんと道筋ができているから、それにしっかりのっかっていけばいいと思う。

3.最終診断結果を聞く日、つきそってくれる人を頼むなら、まずは弟(のどちらか)では?

4.それと全体的に、もう少し回りの人に頼った方がいい。1人で無理しすぎ。元気になったら、またその分返せばよいから。

そして、病の原因となった(と推測される)若い社長によるパワハラの件を、春先に親会社の取締役にさらっと相談したとき、「彼は年下だし、さゆりさんは経験豊富なんだからとりあえず大目にみてあげて。なにより、あなたはお母さんなんだから」といわれ、その後「お母さんなんだから」と自己暗示をかけてだんだんひどくなる事態を「パワハラ」と考えないようにやり過ごしてしていた……と話したとき、憤慨して以下のようにコメントしてくれたことが、温かく胸に残った。

「そんなの丸くおさめようとしているだけで、勇気をもって相談した相手のことをきちんと考えていない。年下だとか、お母さんだとか、そんなの関係ない。社会的にダメなものはダメ。そこをきちんと見分けて対処していかないから、体をこわすなんていうとり返しのつかない事態になったんだ…」

サンフランシスコで暮らし始めた頃、現地ではディアブロDiablo)というコンピュータ・ゲームが流行っていて、パソコン好きの新婚の夫とPCを有線でつなげて夜な夜なプレイしていた。どんな内容のゲームかというと、不気味な墓場で戦って宝石や武器を手に入れながらグレードアップし、また別の戦場へと移動する、というもの。

「闘いすんで日が暮れて」さて次はどこへ行けばよいのか、という段になったとき、町へ移動して、そこで出会うさまざまな人から情報を仕入れ、次の「戦場」を探すことになる。そのとき、「この人がまさに聞くべき相手」という人に話しかけた瞬間、その相手の頭の上にランプがともるという仕掛けとなっているのだ。

この日、さゆりの近況についてコメントしはじめたT氏の頭の上には、このランプが点灯しっぱなしだった。まさに「闘病」という闘いと、「休息」をかねた情報収集を繰り返すディアブロ的な日々――新婚の夫に喜んでもらおうと勉強して始めたPCゲームでさえ、この人生の難所を乗り切るための予行演習だったのではないか、と思えてくる。

場所をかえて飲んだ珈琲の余韻とともにT氏のうしろ姿が昼下がりの雑踏にかき消されてしまうと、一人のこされたさゆりの頭に突如、天高く突き抜ける篳篥(ひちりき)の調べが響いてきた。

〈勇気と無謀は紙一重とよく言うが、慎重と臆病もまた同様だ〉

と、2つの騒動が勃発したころ聞いていたラジオで、雅楽界の風雲児、東儀秀樹氏は述べていた。

〈勇気をふりしぼって進み、ふと振り返ったとき、ジグザグになった道に「これが自分が歩んだ道だ」と愛着がもてれば、それでよいと思う〉

とも。深くうなずきながら、学生たちと昼休みの社会人らが交錯するスクランブル交差点へ向かって一歩を踏み出す。心の中で、喜びと祝いの楽曲である越天楽を奏でながら。……

(*写真は、駅へゆっくりもどる途中で出会った銅像。中学高校時代、ソフトボールに情熱を傾けていた日々を思い出し、力強いシルエットにさらなる勇気を得た)

 

 

越天楽今様

越天楽今様

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