シングルマザーの勇気と情熱

「母として」から、「自分らしく」へ。2019年、気球に乗り換え、さあ出発!

秋雨の朝

2018年、季節は早くも秋——

胃カメラ検査当日は、ほそい糸のような雨がのこる朝だった。娘テラスの朝食を整え、身支度もそこそこにあわてて飛び出したものの、雨に気づいていったん戻り、さらに長い傘を折りたたみ傘にもちかえて……と慌ただしい出発。

前日は、夜9時から食事制限。検査30分前まで水お茶のみOKとのことで、コーヒーメーカーやチョコレートの缶など、無意識に手をのばしてしまいそうな所には、先回りして青いクマが✖を出している手書きのイラスト・シールを貼っておいた。案の定、前日の夜から何度かクマに止められ、先回りしていてよかったとため息……

この時期の雨は、サンフランシスコでの楽しかった記憶を彷彿とさせる。年間を通じて日本の5月、という恵まれた気候の彼の地において、晩秋のほんのわずかな期間だけ「雨季」が訪れる。ちょうどその時期に母を亡くし悲嘆にくれる中、花々の枯れおちたロンバート・ストリートでプロポーズされ、大洋を渡る決心をしたのだった。

そこから8000km以上離れた故郷の地で、ひんやりとする指先をこすり合わせると、頭に浮かんだのはプッチーニの歌劇「ラ・ポエーム」に出てくる曲、「冷たい手を(温めさせて)」である。

〈貧しさの中で 私の楽しみは 愛の詩や賛歌 わが魂は億万長者…〉

まるで私の歌のようだと苦笑しながら、足早に地下鉄の駅へ滑りこむ。

めざすクリニックは、到着駅出口を出てすぐのビルの中にあった。外資系銀行の窓口のような受付で問診票を記入し、エレベータ—でさらに上の階へ。そこでしばらく本を開いて待つ。

呼ばれて入った検査室には、見知らぬドクターとS病院のT医師が並んで待ちかまえていた。あいさつをして「(麻酔を使って)寝かせてもらえますか?」と尋ねると、「そのつもりで準備しています」との答え。その後は意識なく、すみやかに検査開始―—。

目覚めたとき、まず目に飛びこんできたのは、T医師の真っ白な(蒼白な⁈)顔だった。

「異変が見つかりましたので、細胞診に出しました」「後日、お電話します」「つづきはS病院で」……

まだ麻酔から覚めきらない頭に、T医師の声がもやもやと煙のように浸透してくる。

「……あ、そうですか」と礼を述べて退室し、クリニックを後にするが、意識がはっきりしてくるにつれて「どうしよう」「仕事どうしよう」「生活どうしよう」「テラスが受験だ」と心臓がバクバク——。

朝にはのん気にラ・ポエームの一場面を思いうかべていた通りに出るころには、「神さま、あと3カ月、猶予をください!」と雨あがりの天を仰いで膝を折る、「孤独な詩人」さゆりだった。

(写真は雨季のロンバート・ストリート)

 

 

 

プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》 [DVD]

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